2017/11/09

月刊致知12号の特集は「遊」です。以下、総リードより。

遊は暇つぶしではない。また何かのためにするものでもない。子供の遊ぶ姿にそれは如実である。遊ぶ子供は、どんな遊びであれ、その遊びと一体になっている。夢中である。無心である。

「知る者は好んでやる者には及ばない。好んでやる者は楽しんでやる者に及ばない」
古来、多くの人が愛誦した一節だが、伊与田覚氏はこの上にもう一つの境地があるという。それが「遊」である。知には無知、好きには嫌い、楽しみには苦しみというように、知好楽には相対する世界がある。しかし、遊には相対するものがない。絶対の境地である。ここに到ることが尊いというのである。

『礼記』の一篇「学記」では、学問には蔵学、修学、息学、遊学の四つの段階があると記されている。
もっぱら本を読み、知識を蔵にしまい込むように学ぶ。蔵学である。
次に集めた知識を整理し、自分のものにする。修学である。
この段階を経ると、呼吸するのと同じように学問が自然になる。息学である。
そして、さらに学問が体に溶け込み、自分と学問が一体になる。遊学である。
2017/11/06

鎌倉国宝館「鎌倉公方 足利基氏」展に行きました

11月4日、鎌倉国宝館で開催されている「鎌倉公方 足利基氏」展を見に行ってきました。鎌倉国宝館では土曜日の14時から学芸員による展示説明があるので、それに合わせて、見に行くのがお薦めです。

学芸員が「足利基氏といってもほとんどの人が知らない」と言っていましたが、私も知りませんでした。そんな私が何故この展示を見に行こうと思ったかというと、室町時代の関東に興味が出てきたからです。

下の画像に中央にある足利基氏像は江戸時代に造られたものであり、江戸時代以降、お寺を援助した人物の像を造るようになったそうです。今回の展示も没後650年にあたることを記念したものであり、歴史は過去からの流れであり、歴史は積み重ねであると感じました。

仏像では、浄光明寺の矢拾地蔵像が展示されていました。浄光明寺では近くで拝観することが出来ませんが、展示では間近で拝観することができ、素晴らしい像でした。また、等身大の夢窓疎石像も展示されており、椅子に座った夢窓疎石像は本当にそこに疎石が座っているように感じるものでした。

基氏だけでなく、尊氏、直義の書状も展示されており、ますます南北朝時代の鎌倉に興味が出てきました。

今回の展示は基氏メインでしたが、鎌倉公方に焦点を当てた展示を見てみたいです。


2017/11/05

金沢文庫 特別展「唐物 KARA-MONO―中世鎌倉文化を彩る海の恩恵―」に行きました

11月3日から金沢文庫で特別展「唐物 」が開催されています。金沢文庫の展示では、土日祝日に展示解説がありますので、それに合わせて、11月3日に訪れました。

画像の案内板には、横須賀市清雲寺の瀧見観音像が大きく写っています。瀧見観音像は南宋時代に造られたと考えられており、このようなリラックスした姿の観音像は、中国で観音菩薩と仙人のイメージが合わさって生まれたもので、京都では受け入れられませんでしたが、鎌倉では受け入れられ、鎌倉市東慶寺の水月観音像が有名です。

上記のような知識があったので、解説もそのような話をされるのかと思っていましたが、良い意味で裏切られました。

今回の展示のため、清雲寺で像を搬入する時、厨子の中をよく調べると、江戸時代作ですが、善財童子、月蓋長者が脇侍として祀られていることが分かったそうです。観音菩薩、善財童子、月蓋長者の三尊形式は、観音菩薩の聖地として有名な中国・補陀山の観音菩薩と同じです。ですので、瀧見観音像は補陀山の観音菩薩の代わりとして信仰されていたと考えられるそうです。ちなみに京都・泉涌寺の楊貴妃観音像も同じ三尊形式です。

また、獅子に乗った観音菩薩が描かれた仏画もありました。獅子の乗るのは文殊菩薩なので、以前はどのような仏画か分からなかったそうです。中国・補陀山の観音像は、日本の僧・恵萼(えがく)が文殊菩薩の聖地・五台山から観音像を日本に持ち帰ろうとしたところ、補陀山で動かなくなったので、そこに観音像を祀ったものです。よって、獅子に乗った観音像は、中国・補陀山の観音菩薩を描いていると考えられるそうです。

中国・補陀山はいつか訪れたいと思っていますので、今回、改めて、様々なことを知ることができ、良かったです。
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ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。