昨年、NHKのクローズアップ現代で「仏像盗難」という特集が組まれて大きな反響を呼び、今後過疎化の進む地域などにおいて、いかに仏像を守ってゆけるのかということを、所蔵者、研究者、信仰者が立場を越えて語り合う場所として、地方仏フォーラムが設立されました。
今回は一回目ということで、そのようなことを話し合うというよりは地方仏を含めた仏像の紹介というような感じでした。
最初は杉山二郎氏の「大仏以降 その地方的展開」という講演がありました。その中から印象に残った箇所を書き出してみます。
・NHKで大仏開眼という番組をやっていたが、玄(げんぼう)を悪く描きすぎである。行基と対比するためにそのようにしたのだろうが、NHKにはきちんと歴史を伝えて欲しい。
・平城京は投資がまだ回収出来ていない段階でなぜ長岡京に遷都したのだろう。それは大仏建立による重金属問題が平城京で発生したのではないか。
・鑑真は戒律を日本に持ってきたことになっているが、密教も持ってきたのではないか。唐招提寺の大日如来像は鑑真ゆかりの密教仏ではないか。
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最近、唐招提寺を訪れ、大日如来像を拝観してきたので、興味深かったです。
・唐招提寺の金堂に祀られている薬師如来像は上述した金属問題の平癒を願って造られたのではないか。
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このような考えを知っていると唐招提寺で薬師如来像を拝観した時にまた違った印象を受けますね。
・地方で素晴らしい仏像が出会った時、なぜここにこのような立派な仏像があるのかという疑問を持つ。そのことにより、古代日本の様子、例えば、物流などが分かるようになる。
次は青木淳氏の「運慶時代の地方仏」という講演でした。
・信仰していた仏像をとられた人の気持ちは計り知れない。人生の最後でそのような悲しい思いをして欲しくない。
・だからといって守りすぎるのも良くない。文化財として守りすぎたから、仏像が仏像でなくなってしまっている例もある。
・(講演ではスライドを用いて仏像の説明をしていましたが)スライドを用いて色々話をしても、実際に会った時の思い、感動に勝ることはない。是非、実際に出かけて、対話をして欲しい。
・キリスト教美術はプロパガンダが強いが、仏教美術はプロパガンダが少ない。自分が会いたい仏像を造っているような気がする。
・東大寺の不空羂索観音像の宝冠にはトルコ石、メノウ、勾玉などがちりばめられているのはなぜか。東大寺を建立する時にたくさんの古墳を潰したことだろう。その古墳におさめられていた宝物が不空羂索観音の宝冠に付いているのではないか。
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不空羂索観音像は古墳に埋葬されていた人々を鎮魂する役割も持っているのだろう。
・東大寺には試みの大仏の呼ばれる弥勒仏があるが、これは明らかに地方仏っぽい。なぜ、中央の中央である東大寺に地方仏があるのか。
地方仏フォーラムは始まったばかりで趣旨など共感できる部分が多いので、これからも応援していきたいと思っています。
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