月刊致知6月号に薬師寺の長老である安田暎胤さんと総持寺の元貫首である板橋興宗さんの対談「人生は頭では悟れない」が掲載されていましたので、印象に残った箇所を以下に書きたいと思います。

・学生時代にノイローゼのようになってしまったのです。そんなある日、大学に法衣を着て現れた学生がいました。「君は坊主か」と声を掛けると彼は禅寺から大学に通っていると言うので、「坐禅をするとどうなるんだ」と聞きました。これが殺し文句でしたね。「足元がふらつかなくなる」。

・高田好胤は薬師寺に檀家や末寺がほとんどないことを逆手にとって「組織があったら縛られる。日本全国一億総檀家だと思えばいい」、そして「お堂を建てたかったら人様を立てよ。そうしたら人様がお堂を建ててくれはんのや」と拝観に来られたお客様を懇切丁寧に案内されました。

・お釈迦様は三十五歳で悟りを開かれるまでは厳しい修行をされました。それから四十五年間、亡くなるまで説法をし続けられました。これが私がいまでも人前で説法を続けている所以でもあります。

・若い頃は理想に燃えて、大きな伽藍が立ち並ぶ薬師寺で修行を重ねるうち「こんな伽藍仏教は仏教でない」と思った時期もありました。お釈迦様は樹下石上で生活をされたんではないか。最後は野垂れ死んだじゃないか。なのに自分はぬくぬくと伽藍で生活して拝観料で生活をしていいのだろうかと。

しかし、ある時考え方が変わりました。私は縁があって薬師寺の小僧になったのであって、数少ない僧侶の一人である。その縁をやはり大切にしなければいけないのではないかな。先人のつくってくれた素晴らしい文化遺産を保存継承していくことも一つの大事な仕事じゃないかと思うようになったのです。

お寺は心を浄化する場所ですから、一歩足を踏み入れれば心が洗われる。そうした環境をつくることが大事ではないかと思って、伽藍仏教だと批判していた自分が若かったのかなと、いまでは思っております。

・坐禅をしたり写経をしたりしますが、その最中であっても様々な雑念が湧いてきます。無心になるということは難しいんですね。だから、無心になれないならばせめて素直な心でありたいと思っています。

・人間の心を美しく、豊かにするには感謝の心、慈悲の心、敬いの心、詫びる心、許す心が大事だと思います。この五つの心の大切さはどの宗教でも説いています。だからみんな知っているはずです。しかし、知識として知っているのと本当に自分が実感できるか、そして実践できるかは違います

・感謝が大事だ、慈悲が大事だと申し上げましたが、嫌なことを言われたり、思うとおりにいかないことがあるとカッとなってしまいます。分かっているのにできていないんです。ただ、その時心の中で念仏を唱えるとか、自分なりの対処法、自分を律するための知恵をいくつか準備しています

・理想と現在の自分にはギャップがありますけれど、人間は自分の至らなさを知ることが大事なのではないかと思います。自分は至らない人間で、理想のようには行かないけれども、少しでもそれに近づこうと生きていく。それが動物ではない、人間の素晴らしいところだと思うのです
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