月刊致知5月号に大佛師・松本明慶さんと伊崎寺住職・上原行照さんの対談が掲載されていました。

松本さんは師匠から以下のような一休さんと船頭の話の口伝をもらいました。

 一休さんは京都の木津川というところにおられたのですが、所要のため大坂まで淀川を下って行かれることになった。その時、船頭が「あなたは高僧なんだから、私に佛さんを見せることなんて簡単でしょう」と言ったんです。

 すると一休さんは「分かりました」と。そして「それなら大きな声で“佛来い”と叫びながら船を漕いで下さい」と条件を出したんです。そして大坂に着いた時、一休さんが船頭に「佛を見たか」と聞いたら「見た」と。

この口伝はどうしても分からなかった。どなたに聞いても、なぜ佛が見えたのか答えが出ない。真意を理解するのに十五年もかかりました。

多分、船頭は「佛来い」と叫んでいたから、いつもより力が入っていた。それに佛が見たいから一生懸命漕いでいたと思うんです。つまり、自分の仕事に一生懸命になったら、認められ、評価され、感謝の言葉等がもらえる。だからこの世で佛が見たかったら、自分の職業に一生懸命打ち込めということなんだと思います。

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上の文章を読んで私は以下のように思いました。
船頭は多分、毎日嫌々船を漕いでいたのではないか。ですから、いつもは木津川から大坂まで船を漕ぐのがものすごく長い時間のように感じていた。
しかし、今回は時が経つのを忘れる程集中していたので、気がついた時にはもう京都に着いていた。その間、船頭はまるで自分が佛の国に行っていたように感じたのではないか。よって、「佛の国に行っていた→佛を見た」となったのではないか。
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