訪問日:平成22年3月28日
十七番の曾屋薬師堂から秦野駅に戻り、小田急線で東海大学前駅で下車しました。あらかじめインターネットで調べておいた地図では東海大学からそんなに離れているように思わなかったので歩いて行きましたが、結構、距離があり、また少し迷ってしまったので、到着するまで随分時間がかかりました。

迷ったから(?)か、最初に薬師堂に着きました。仁王門もあり、非常に立派な建築でした。薬師堂には「御開帳は本堂でやっています」のようなことが書いてありましたので、少し離れたところにある本堂に向かいました。



本堂の前には開帳塔婆が立っており、本堂に近づくと「左の入口から堂内にお入り下さい」のようなことが書かれていましたので、庫裏の入口に行くとお寺の方がおられ、本堂に案内されました。



まずは中央の祀られている仏様にお参りしました。最初、こちらがお薬師さんかと思っていましたが、阿弥陀如来像で、お薬師さんは右壇に祀られていました。

右壇に祀られている薬師如来像は脇侍が日光、月光菩薩ではなく、聖観音、毘沙門天で、珍しい三尊像だと思いました。由来によると、僧・行基が奈良に向かう途中、この地に立ち寄った時、夢枕で白髭の老翁からお告げを受けて、薬師如来、聖観音、毘沙門天を刻んだのだそうです。

また、こちらの薬師如来像は右手がありません。これは戦国時代、武田信玄が北条氏康を攻めるため当郡に陣地を構え、敵の隠れ家となる神社仏閣を焼失させましたが、薬師如来像だけは焼け残りました。それを見た武田信玄は薬師如来の御加護を信じ、甲府に持ち帰りました。しかし、領国は大飢饉になり、信玄は薬師如来像を当地に戻し、本堂を建立しました。そして、信玄が亡くなった時に薬師如来像の右手が落ちたそうで、「片手の薬師」「浮手の薬師」とも言われているそうです。

本堂でのお参りが済んだ後、接待所に行きました。そこには東光寺の檀家の方が何人かおられ、色々と話をしました。とても有意義な話で、東光寺を訪れて良かったと思いました。

「12年後にまた来ます」と挨拶した後、「帰りはバスに乗ろう」と考えながら歩いていると、接待所で話をした方が車で駅まで乗せてくれるとのことで、お言葉に甘えて、車に乗せてもらいました。

駅の近くで車を降り、去っていく車を見送っていると、自然に「南無薬師如来」と何度も唱えていました。
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