大法輪平成22年1月号の曹洞宗が説く仏教的生き方より。

「宗教は生活である」という一句がある。この言葉の心を浮き彫りさせるために「生活」というところへ別の言葉を入れてみよう。

「宗教は学問である」
と勘違いしている人もいよう。教理・文字は人生の歩みの上で、間違いのない生演奏をするための楽譜であり、今ここでの実践という生演奏を忘れて、教学を追うことで事足りとしているようでは、本末転倒も甚だしいと言えよう。

「宗教は芸術である」
と勘違いしている人もいるのではないか。仏像や伽藍や庭や、又は禅文化と呼ばれるものに情熱を燃やし、仏法を宣揚しているつもりになっていないか。仏法への結縁とはなっても、仏法そのものへの誘引を忘れたら見当外れとなる。

「宗教は趣味である」
と気楽に構えている人も多い。お話を聞くのが好き、坐禅をするのが好き、お寺や庭を見て歩くのが好き等々。毎日の自分の生活、人生に照らし返すという工夫努力があってはじめて、聞法(仏法を聴聞すること)も坐禅も実のあるものとなる。自分の人生を通らず、頭の先だけの理解にとどまり、言葉づらだけに酔っぱらっているのは趣味の段階と言えよう。

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「宗教は生活である」とは、宗教で学んだ神仏の智慧を頭の中で知識としてとどめておくのではなく、それを実践し、世のため、人のために行動することだと思いましたが、考えれば考える程、深い意味があるような気がします。
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