昨日の記事の続きで、月刊致知8月号に掲載されている松原泰道さんの巻頭の言葉からです。

お釈迦様が仏教に敵対意識を持つバラモン教が盛んな村で説法をした時、一人の農民がお釈迦様を冷やかして言いました。
「布教も結構だけれども、いまこの農村はごらんの通り猫の手も借りたい程の農繁期だ。そんな説法などやめて、田んぼを耕してくれた方が助かるんだが」

お釈迦様は答えて言いました。
「私も耕していますよ。あなた方の心を私も耕しています」
怪訝な顔をする農民にお釈迦様は続けました。
「農土を放っておくと荒れ地になります。雑草もそのままにしておけば害をなしますが、抜いて土に埋めておけば立派な肥料になります。同じように私たちの心も野放しにしておくと人間を駄目にしてしまいますが、煩悩をよく耕して心に漬け込んでいくと悟りの肥やしになるのです」

悩みや苦しみをよく耕せば、それが幸福の基になります。

幸福とは他から与えられるものではなく、自ら発見してつかみ取っていくものです。与えられるのを待っているのではなく、マイナスの中にプラスを発見し、耕していくところに人生の生き甲斐はあります。両手の掌に鋤(すき)や鍬(くわ)を持って一生懸命に耕していくことによって掌の中に明珠がつくられていくのです。

幸福は足下にあり。このことを忘れず、日々の生活の中から幸福を見出し、豊かな人生を築いていきたいものです。
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