良忍上人が46歳の時、阿弥陀如来より
「一人一切人 一切人一人 一行一切行 一切行一行 是名他力往生 十界一念 融通念仏 億百万遍 功徳円満」
(一人の念仏が他の全ての人(一切人)に功徳を及ぼし、一切人の念仏が一人の功徳となり、また念仏の一行をもって他の萬行に通じ、萬行をもって一行におさまるがゆえに功徳も広大になる。皆の調和する中に阿弥陀如来仏の本願力と自己の念仏の力と一切人の念仏の力とが互いに融通して現世に喜びあふれ智慧輝く楽土を建設することを目指す)
という言葉を授かり、融通念仏を感得しました。その後、1127年に摂津平野(大阪市平野区)に念仏道場を創建したのが始まりです。
山門から境内に入ると大きな本堂がまず目に入りました。境内を見渡すとお堂がたくさんありましたが、まずは本堂で御本尊様にお参りです。本堂は大阪府下最大の木造建築だそうで、中もとても広かったです。正面に本尊である十一尊天得阿弥陀如来画像、脇に多聞天王、八幡大士の像が安置されていました。
八幡大士像はいわゆる僧形八幡菩薩像であり、案内を読むまではお地蔵さんだと思っていました。多聞天王が祀られているのは、以下のような理由です。
良忍上人は阿弥陀如来から融通念仏の教えを感得しましたが、民衆に勧める機縁の熟さないまま草庵に閑居していました。ある時、鞍馬寺の多聞天王が現れ、「あなたは先に仏さまから尊い融通念仏を授かったのに、どうしてそれを人びとに勧めて苦しみの衆生を救済しないのか」と言いました。 この言葉によって、良忍上人は布教の時にようやく至ったことを知りました。よって、縁のある多聞天王が大念佛寺に祀られています。
御本尊様に念仏を唱えた後、堂内を拝観していると「心のしるべ」という冊子等が置かれていました。それらを見ると年中行事もしっかり行っており、立派なお寺だと思いました。また、御朱印を頂いた時の対応も非常に好感が持てました。
五月一日から五日まで年中行事の中でも最大の「二十五菩薩聖衆来迎阿弥陀経万部法要」、略して「万部おねり」と呼ばれているおねりがあります。大阪市指定無形民俗文化財になっているそうで、次回はおねりの時期に訪れたいです。

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