観心寺の次は楠妣庵観音寺(なんぴあんかんのんじ)を訪れました。楠という漢字が寺名に入っていることから想像できるように楠木一族にゆかりのあるお寺です。湊川の戦いで夫の楠木正成が、四条畷の戦いで長男の正行が戦死した後、正成の妻・久子夫人は名を敗鏡尼と称して、生まれ故郷に隠居し、一族郎党の菩提を弔いながら余生を過ごしました。その庵を楠妣庵と言います。

我々はジャンボタクシーで訪れたので裏門から境内に入ることになりましたが、表門から入る方が良いです。表門には楠母子像、大楠公像があります。
画像の母子像は、湊川の戦いで父・楠木正成が討ち死にした後、足利尊氏により届けられた正成の変わり果てた首級を見て、正行は持仏堂に入って父の形見である菊水の短刀で自刃しようとしました。しかし、母である久子夫人に諭し、励まされ、短刀を捨て泣いている場面です。



境内から石段を登った少し高いところに大正四年の再建された久子夫人の草庵がありました。そして、近くに夫人の念持仏である十一面観音像が安置されていた十一面観音堂も再建されていました。

お寺の建物以外では納経所に居られたお寺の方が印象に残りました。お年は90歳だそうですが、とてもお元気です。お寺を出る時も自然とその方に頭を深々と下げました。その時のお寺の方の笑顔は本当に素敵で、忘れられません。
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