信貴山は以前から訪れたいと思っていたお寺で、22日に初めて訪問することができました。信貴山とは「信ずべき貴ぶべき山」のことであり、毘沙門天が日本で最初に出現した霊地です。

近鉄・信貴山口駅からケーブルカーに乗り換えて、高安山駅へ。そこからバスに乗り、やっと信貴山へ着きました。


ケーブルカー

バス停から歩いて行くと虎が書かれた赤い開運橋があり、それを渡ると鳥居がありました。鳥居には多聞天と書かれてあり、「毘沙門天でないのか」と少し驚きました。


開運橋


鳥居

そして少し歩くと大きな虎がいました。この虎は信貴山を紹介する時に必ず掲載されている虎です。下の画像にもありますように、虎と本堂の写真はとても絵になります。きっと信貴山を訪れた方は皆、この場所から写真を撮りたくなると思います。



山門から境内に入りましたが、私はてっきり拝観料が必要だと思っていたのですが、拝観料は必要ありませんでした。本堂を目指しますが、二つのコースがあります。千手院コースと成福院 ・玉蔵院コースです。どちらを歩いても本堂に行けるとのことでしたが、千手院コースは下り坂、成福院コースは上り坂になっており、厳しい方(?)を選ぶということで成福院コースを歩きました。

途中にはたくさんのお堂があります。成福院の融通尊さまなどにお参りしながら、本堂へ。本堂は中に入ってお参りできるようになっていましたので、中に入って、般若心経を唱えました。完全な観光寺になっていない、信仰が続いている大寺院はお堂の中に入ってお参りすることができます。観光寺かそうでないかの見分け方の一つになると思います。

そして戒壇巡りができるようになっていましたので、100円を払い、戒壇巡りへ。暗闇の中で如意宝珠の錠前をしっかり握りました。そして朱印帳を購入して御朱印を頂き、本堂を後にしました。

次は宝物館へ。宝物館には信貴山縁起絵巻の複製がありました。飛蔵の巻、延喜加持の巻、尼公の巻からなり、それぞれの話はとても分かり易かったです。仏像では、将軍自在毘沙門天像が印象に残りました。焔髪で四臂、二鬼を踏んでいます。仏画では、刀八毘沙門天像が良かったです。四面十二臂、刀を八本持ち、獅子に乗り、頭上に智拳印の大日如来が座しています。戦勝毘沙門天として東国地方の武将たちの念持仏だったそうです。

宝物館を出て歩いていると空鉢護法と書かれた案内板があり、
「空鉢護法は剱鎧護法と共に、毘沙門天王の御分身であらせられ信仰篤き者には一願成就必是のあらたなか神様です。空鉢様は巳の姿(竜神)で出現し給うことがあると伝えられています」とのことですので、行ってみることにしました。伏見稲荷のように赤い鳥居がたくさんあり、そこを登っていきます。片道20分と書かれていましたが、基本的に山登りですので結構疲れました。山頂にはお堂があり、そこでお参りをしました。また龍神様を祀った祠がお堂を囲むようにあり、全ての祠でお参りをしました。

千手院の境内に吉田さらささんの記事に書かれていた銭亀堂がありました。一億円札も売っていましたが、今回はパスし、お参りだけをしました。
下の画像にあるように、虎が大きく口を開けたところから中に入り、四国八十八ヶ所のお砂踏みをすると護摩堂へ着きます。



千手院を拝観した後、山門に戻ってしまいましたが、本堂から見えた大きなお地蔵様のところへ行っていなかったのでそちらに向かいました。お地蔵様は玉蔵院に祀られていました。玉蔵院ではお堂に毘沙門天、弁財天、大黒天がそろって祀られおり、とても霊験あらたかに感じました。

最後は入口近くにある剱鎧護法堂でお参りをしました。剱鎧護法は、信貴山縁起絵巻の延喜加持の巻に出てきます。
延喜加持の巻は、病の床にあった醍醐天皇のため、勅使が京都より信貴山に行き、命蓮上人に京都へ来て、病気平癒の祈祷をすることを依頼します。命蓮は京都へは行かないが、ここで祈祷すると答えました。そして祈祷結願の日に信貴山から京都へ剣鎧護法が輪宝を廻しつつ、天を懸けて飛来し、天皇の枕元に立つと、病気はたちまち全快したという話です。

今回、念願の信貴山に初めて訪問することができましたが、予想通りの素晴らしいお寺でした。今度訪問する時には是非、宿坊に泊まってみたいですし、今回行けなかった奥の院にも行ってみたいです。
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