月刊致知2月号に掲載されている、青山俊薫さんと戸澤宗充さんの対談「仏法の灯を点し続けて」より。

無財の七施という仏道修行がございましょう。財は無くとも人様に施していけるものとして、
・眼施(げんせ):優しい眼差しで相手に接する
・和顔施(わげんせ):穏やかな顔つきで人に対する
・言辞施(ごんじせ):愛情を込めて言葉を使う
・身施(しんせ):自分の体で奉仕する
・心施(しんせ):ともに喜び、ともに悲しむ
・床座施(しょうざせ):座席を譲る。すべてのものを譲り合う
・房舎施(ぼうしゃせ):温かくおもてなしをする
の七つが挙げられていますね。私はこれに
・聞施(もんせ):相手の話にしっかり耳を傾けて差し上げる
ことも加えたいと思います。

人の苦悩を取り除く観世音も耳を施してくださるのだと思います。ですから私もどんなに忙しくても、深い悩みを抱えた方には一時間、二時間、お話を聞くに徹します。そうすると、こちらはほとんど喋らなくても荷物を下ろして軽くなってくれる。お顔を見ても、大丈夫だなと安心できるんです。

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「人の苦悩を取り除く観世音も耳を施してくださるのだと思います」という言葉が印象に残りました。
観音菩薩とは、音を観る、例えば、人が困難に遭った時、「観音様、観音様」と唱えると、その音を観て、すぐにその人のもとに現れ、助けてくれる仏様であると本などには書かれています。ただ、それを実感できるかというと、必ずしもそうではありません。
しかし、話は必ず聞いてくれます。どんなに長くてもずっと聞いてくれます。ですので、観音菩薩とは、耳を施し、話をしっかり観てくれ、人の苦悩を取り除く仏様であるという説明のほうがしっくりきます。
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