京都古文化保存協会が開催する「第48回秋の文化財特別公開」で特別公開されているお寺に昨日と今日で訪れましたので、そのことについて書きたいと思います。

まずは昨日(11/9)の話です。東福寺駅で下車し、そこから少し歩くと宝樹寺に到着しました。

堂内中央には御本尊の阿弥陀三尊像が祀られ、三尊とも立像でした。そして、堂内右側に常盤御前の念持仏と伝わる薬師如来坐像が祀られていました。

平治の乱後、常盤御前は身を隠していましたが、京都で母親が平家方に捕まり、常磐母子の居所を厳しく問い詰められていました。
母を助けるため、常磐は三人の幼子を連れて、自首することを決意し、京都・六波羅に向かいます。その途中、雪を避けるために松の陰に身を潜めました。
しばらくした後、松の下から立ち去ろうとしたところ、薬師如来像が動かなくなりました。そして、薬師像は光明を放ち、「われをこの地に止めよ。三児に至りては心を痛むることなかれ」と告げました。
三児が救われたのは、薬師如来の御加護であると言われています。

上記のような寺伝が残る薬師如来像ですが、螺髪がなく、薬壺も持っておらず、一般的な薬師如来像とは随分異なった印象を受けます。
ガイドの方の説明で、
「三児を救うため、薬を使ったので、薬壺が持っていないのです」
とあり、上手い解釈だなと思いました。

では、螺髪がないのは、
「三児をどう救うか悩みすぎたため、螺髪が取れてしまいました」
と思いつきましたが、これは上手くない解釈ですね。

葛飾北斎筆と言われる「常盤御前雪除松」、駒井源琦筆の「常盤御前雪除松」も公開されていました。どちらも素晴らしい絵図で、常盤母子の気持ちが伝わってきました。


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