本日は「熱海ゆかりの名宝」を開催しているMOA美術館、桑原薬師堂の仏像が移設された、かんなみ仏の里美術館を訪れました。それぞれについては後日書くとして、今日はかんなみ仏の里美術館までの道中にあった北条宗時、狩野茂光のお墓のことについて書きたいと思います。

函南駅の自動改札機を出ると、かんなみ仏の里美術館のパンフレットと「美術館までのアクセス」と書いた案内が置いてあるのが見え、案内を手に取ると、美術館までは駅から約2.5キロ、徒歩約35分と書かれていました。駅前にはタクシーが止まっていましたので、タクシーを使おうかとも思いましたが、歩くことにしました。

その道中に「北条宗時、狩野茂光の墓」と書かれた案内板がありました。



石橋山合戦で敗れた武将のお墓とのことで、北条宗時は北条時政の嫡男、狩野茂光は源為朝を討ったと書かれており、興味深い内容でしたので、帰りに立ち寄ることにしました。

石段を上まで行くとお墓があり、一人の方が同じように来ておられました。私がお墓に手を合わせ終わると「今日は命日ですね」と話しかけてこられました。

私はなんの知識もなく訪れたので何のことか分からなかったのですが、本日8月24日が北条宗時と狩野茂光が亡くなられた日とのことです。

おられた方は函南を中心に伊豆の歴史を調べておられ、話をして、とても良い刺激を受けました。私も大河ドラマを見始めてから興味が出てきた平安末期のことをもっと学ぼうと思います。
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