月刊致知7月号に掲載されている、童門冬二さんの「己の信念を磨き、命を完全燃焼させよ」より。

私は企業の新人研修で講演を頼まれることがしばしばあるが、その時にいつも言っているのは、

「お粥ではなく、握り飯の米粒であってほしい」

ということだ。組織の中でドロドロに煮られてしまって、自分というものを失ってはいけない。だからといって、自分勝手に好きなことをするというのは違う。握り飯の米粒とは、組織の一員であるという自覚を持ちつつ、主体性を発揮していくということである。

それはつまり、「あれをやってみたい」「こういう人間になりたい」という自分の信念を持つことだ。そのためには、いろいろな本を読んだり、人から話を聞いたりして、手探りで生きる時期が必要だろう。

何かチャンスや社会的立場を与えられた時に、恐れずに挑戦して欲しいと思っている。当然新しいことをやる場合は失敗はつきものだが、そこで諦めず修練し続けていく先に、思いもよらない未来が待っている。

人生のレールには限りがない。だからこそ、自分で自分の可能性を制限することなく、常に上昇志向を抱いて、自分の志、目標に向かって命を完全燃焼していく人生を送っていただきたい。
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