本日と明日(4/21と22)は、東京都あきる野市にある大悲願寺に祀られている重要文化財の阿弥陀三尊像の御開帳日です。予定では明日訪れるつもりでしたが、天気予報によると明日の天気は良くないので、本日訪れることにしました。

JR武蔵増戸駅に12時少し前に到着し、お寺に向かって歩いていると知り合いの方にお会いしました。その方によると、本日の御開帳は11時と15時の二回だけとのこと。私は11時から15時までだと思っていましたので、ビックリしました。お寺に行ってみると、確かにお堂は閉まっており、御開帳の気配はありません。ということで、一度戻り、午後3時の御開帳に合わせて再び訪れました。

お寺に到着するとお堂に沢山の人がいます。二時から法要があり、それを見ている人達で、法要が終了後、すぐに御開帳が始まりましたので、堂内に入り、御住職のお話を聞きました。



こちらの阿弥陀如来像は伝阿弥陀如来像と「伝」がついています。阿弥陀如来像は指で輪っかを作る印相をしていますが、こちらの像は弥陀定印ではなく、法界定印をしています。それならば、釈迦如来像ではないかとなりますが、脇侍が観音、勢至菩薩で、光背に阿弥陀如来の梵字があるので、阿弥陀如来となっているそうです。

また阿弥陀三尊の場合、脇侍の観音菩薩は一般的に聖観音ですが、こちらは千手観音であり、しかも坐像なので、珍しいです。

ですので、当然の疑問として、別々の三尊を組み合わせたのではないかと考えますが、パンフレットによると修理の記録などから組み合わせ説はほぼ否定されているそうです。

またお堂は無畏閣と呼ばれ、畏(おそ)れの無い建物と意味で、観音様を祀るお堂のことだそうです。ここでまた一つ疑問「阿弥陀三尊像を祀るお堂なのに何故、観音堂と呼ばれているのか」が浮かびましたが、これに関する説明はありませんでした。

お寺の名前は大悲願寺で、大きな悲しみを願う寺と思う人がいるかもしれませんが、そうではありません。「慈悲」は仏教でもっと大切な考えの一つで、「慈」と「悲」は同じ意味を持っていますが、御住職は少し違うと考えているそうです。

つまり、「慈」は父親が子供を愛する気持ち(厳しさのある愛)、「悲」は母親が子供を愛する気持ちと考えているそうです。しかし、大悲願寺は保育園を経営していますが、厳しさのない父親、甘やかしすぎる母親が目につくそうです。

大悲願寺とは、大きな、母親のような愛情を持って欲しいと願うお寺とのことです。

また、9月にも是非、来て欲しいと話されました。それは、白萩が見事に咲くからだそうで、伊達政宗もこの萩を気に入り、仙台に分けられたそうです。

お話が終了した後、阿弥陀三尊像を近くで拝観しました。人が多い&時間が限られているということで、じっくり拝観というわけにはいきませんでしたが、良い仏様でした。個人的には、阿弥陀如来像よりも脇侍の観音、勢至菩薩像のほうが良かったです。

ここで気になることが一つありました。近くで拝観する際、御住職が写真撮影はご遠慮下さいと言ったにもかかわらず、子供が写真を撮っている親子連れがいたことです。まさに「甘やかしすぎる母親」だと思いました。

拝観した後、お寺の方に4/21と22の御開帳日に何か意味があるのですかと尋ねると、江戸時代からこの日に御開帳しているとのことでした。

大悲願寺はお堂の彫刻も見所です。正面には地獄と極楽の彫刻があります。


右から閻魔大王、舌を抜かれる人、釜茹にされる人


右から奪衣婆、お地蔵さん、極楽浄土

大悲願寺は今回初めて訪れましたが、良いお寺でした。また、秋に訪れたいと思います。




大悲願寺は花のお寺で、境内は花のじゅうたんが広がり、綺麗でした。
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