関市洞戸円空記念館では館の方が展示スペースにおられたので、説明を聞きながら鑑賞しました。館の方がはとても感じの良い方でした。

十一面観音像、善女龍王像、善財童子像があり、これらの像は一本の木から造られており、三体を合わせると一本の木になります。善女龍王が円空のお母さん、善財童子が円空なのだそうです。小さい頃、母親を失った円空は観音様の元、母と一緒に居たかったのでしょうね。またこの像は東京国立博物館で開催された仏像展でも展示されていたことを覚えています。

円空最後の作と言われている歓喜天像があり、台座には「釜且入定也」と刻まれていました。これは六十四才での入定を予覚した文章であるという説があるそうです。ところで、円空は何故、最後に歓喜天像を彫ったのでしょうか。歓喜天像は象の頭をした男女が抱き合っている姿なので、母と円空と解釈できるのでしょうが、私的にはそうではない気がします。

虚空蔵菩薩像もありました。高賀神社に妖怪が現れ、村人に被害を加えていたので、藤原高光が妖怪退治に来た時に高光を助けたのが虚空蔵菩薩です。ですので、高賀神社の神様の本地仏は虚空蔵菩薩とされ、信仰されてきました。この地を訪れた円空は村人から虚空蔵菩薩を彫ることを請われ、造ったのだと思います。

円空自筆の神符があり、そこに印が押されていました。赤い部分は「円」と書かれているのはすぐに分かりますが、よく見ると白い部分を使って「空」と書かれているのが分かりました。円空の遊び心が出ていますね。

円空が全国を行脚した時に使用していた錫杖も展示してあり、錫杖には善女龍王が彫られていました。これは母を思って彫ったのだろうと話されました。

そして、円空の和歌を見ていると、「大悲は大慈につながる」の言葉が頭に浮かんできました。円空は幼い頃、母を長良川の洪水で亡くしました。しかし、そのような大悲を大慈につなげ、多くの人を魅了する円空仏を造ったのだと感じました。これが理解できた時、私の中で円空仏を拝観する土台が初めて出来たと実感しました。

私は関東(主に埼玉県)の円空仏を2009年の7月にツアーで拝観しましたが、その時に円空は大悲を大慈につなげた人物と理解できていれば、違った感想を持ったと思います。


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