2014/05/27

善の綱で握手

秩父観音霊場 二番札所・真福寺の御朱印をいただける光明寺での写真です。



仏像の御開帳時にお寺を訪れると、善の綱が見かけられます。

「善の綱は仏像に繋がっており、綱を握ると仏様と握手したことになるので、必ず握りましょう」

と言われますが、そのことを知らない人、うっかり忘れる人もいます。光明寺のように、手袋がついていれば、そのようなこともなく、より多くの人が仏様と御縁を結ぶことができるなと思いました。
2014/05/26

二世権現、二世将軍の意味

週末、某歴史チャネルで徳川家光の番組を見ました。家光は父である徳川秀忠から嫌われ、秀忠は兄の家光ではなく、弟の忠長を次期将軍にしようと考えますが、徳川家康から「次の将軍は家光に」という鶴の一声があり、徳川三代将軍となりました。その為、家光は家康を深く尊敬しており、守り袋に「二世権現、二世将軍」と書かれた紙を入れていました。

家光は三代将軍なのに、「二世権現、二世将軍」と書かれた紙を持っていたことより、自分を嫌っていた二代将軍・秀忠を無視していた。あるいは、家康の子どもだったのではなど、色々な説があるそうです。

インターネットで検索しても、どれも「二世」を「二代目」と解釈していますが、goo辞書で二世を調べると
・現世と来世。今生(こんじょう)と後生(ごしょう)。この世とあの世。
という意味もあり、二世権現、二代将軍の場合、こちらの意味なのではと思います。

つまり、
二世権現とは、現世では徳川家康(東照大権現)の孫として生まれたが、来世でも東照大権現の肉親として生まれたい。
二世将軍とは、現世では将軍として生まれたが、来世でも将軍として生まれたい。
という願いなのではないでしょうか。

二世安楽という言葉もありますので、見当違いな意見ではないと思います。
2014/05/25

達身寺

18日のお寺めぐり、最後は、兵庫県丹波市にある達身寺です。達身寺は何年も前から訪れたいと思っていましたが、機会がなく、今回やっと訪れることができました。

お寺に到着すると、お寺の方が境内におられ、拝観をお願いしました。お寺の方の後について、堂内に入り、拝観料400円を払いました。達身寺には仏像を祀っているスペースが二箇所あり、まずは最初のスペースに移動。

最初のスペースには仏像が前方と左右に祀られており、前方はかなりボロボロになった状態の仏像群、右側は制作途中の仏像群、左側は寄木造りの仏像において、残った寄木の部分が祀られていました。

お寺の方の説明によると、古文書がないので、はっきりしたことは分からないが、明智光秀の丹波攻めの際に仏像を地中などに埋めたので、ボロボロの状態だと考えられているそうです。

兜跋毘沙門天像が16体あり、阿弥陀如来、薬師如来像がそれぞれ二体ずつ祀られています。また、お腹が膨らんでいる像があり、達身寺様式と呼ばれているそうです。製作途中の仏像があることより、仏像を造る工房があったと考えられているそうです。

拝観は後でゆっくりということで、説明を受けるため、もう一つの仏像スペースに移動しました。こちらも前方、左右に仏像が祀られており、旧国宝、つまり現在の重文に指定されている仏像は全てこちらに祀られているとのことです。

説明後、仏像の拝観です。前方には、本尊の阿弥陀如来坐像、脇に薬師如来坐像、十一面観音坐像が中心に祀られていました。大きく立派な仏像です。

左側には、達身寺様式、つまり、お腹が膨らんだ観音菩薩立像が何体か祀られており、お腹の膨らみがよく分かりました。お腹が少し出ている仏像は結構あると思いますが、こちらの像はかなりお腹が出ており、違いが顕著でした。一体の像は室生寺の十一面観音像と感じが似ていました。

やはり、兜跋毘沙門天像がたくさんあるのが不思議です。異国からの守護が目的で、若狭のお寺に祀る兜跋毘沙門天を達身寺の工房でたくさん造っていたというのが通説でしょうが、達身寺様式の像がお腹が膨らんでいる、つまり、妊娠をイメージするので、地天女、女性の神様がいることも多く造られた理由なのではないかと思いました。

拝観が終わった後、お寺にあった達身寺の仏像を紹介している本を見ていると、拝観していない仏像が紹介されていました。尋ねると、毘沙門堂に祀られているとのこと。早速、訪れると、堂内に、素晴らしい兜跋毘沙門天立像と菩薩立像が祀られていました。

お寺を出ると、目の前に田園風景があり、良い感じでした。今回は少し駆け足の拝観でしたが、次回はのんびり拝観したいと思います。






ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。