2012/02/29

天命追求型の生き方、目標達成型の生き方

月刊致知3月号に掲載されている、白駒妃登美さんの「歴史が教える日本人の生き方」より。

私は高校受験の頃から欧米流の成功哲学を信じて生きてきました。「誰にも負けたくない」との思いでそれを実践し、叶えたい夢は次々に叶っていました。

これら成功哲学の特徴の一つは「善・悪」「損・得」、「勝ち組・負け組」といった二次元論に基づき、いかにしたら人生や仕事の勝者になるかを説いている点にあります。

こういう目標達成型の哲学は、受験に合格する、資格を取得するという短期間の目標については確かに有効な手段かもしれません。

しかし、長くこの思考に浸かってしまうと「もっと、もっと」と欲望が際限なく広がり、達成感は得られても安心感や幸福感、心の底からの自尊感情は生まれることがありません。逆に敗北を恐れる気持ちばかりが高まるようになります。少なくとも私はそうでした。

西洋の成功哲学に代表される「目標達成型」とは別に「天命追求型」があります。天命追求型とは将来の目標に縛られることなく、自分の周囲の人の笑顔を何よりも優先しながら、いま、自分の置かれた環境でベストを尽くす。

それを続けていくと、天命に選ばれ、いつしか自分では予想もしなかった高みに到達するという考え方です。そこでは、自分の夢だけを叶えるfor meより、周囲に喜びや笑顔を与えるfor youの精神、つまり志が優先されます。
2012/02/28

成功の反対は失敗ではなく、本当の失敗とは「何もしないこと」

月刊致知3月号に掲載されている、登山家・栗城史多さんの「終わりなき頂上への挑戦」より。

・私は山登りを通して、苦しみには三つの特徴があることに気づきました。一つは、「苦しみは闘おうとすればするほど、その苦しみは大きくなっていく」。もう一つは、「苦しみから逃げても、どこまでも迫ってくる」ということです。

そして特徴の三つ目は、「苦しみは必ず喜びに変わる」ということ。例えば、高尾山のような低い山は簡単に登れてしまうので、登頂してもあまり感動は湧いてきません。しかし、八千メートル峰を登頂した時は、それまでの苦しみが大きい分、得られる達成感も半端じゃない。苦しみの分だけ、喜びがある。だから、苦しみも決して悪いものじゃないと考えています。

・八千メートル峰は無酸素ではずっと生きられません。そこへは酸素ボンベを使って、グループで登っていったほうが死のリスクは低くなりますが、私はそれをやるかといったら絶対にやりません。

それは安全で、堅実であるがゆえに、自分の力を百パーセント出さなくても登れてしまいます。自分の全力を出さないで登頂したとしても、それは単なる記録であって、私にはあまり価値を感じられません。

大切なことは、登頂までの過程で、いかに自分の百パーセントを超えた、百十パーセント、百二十パーセントの未知なる領域に辿り着けるかということです。

・私がエベレストを登頂できずに下山して帰ってくると、周りから「失敗した」って言われるんです。でもそれはちょっと違います。成功の反対は失敗ではなく、本当の失敗とは「何もしないこと」です。

私は山登りを通して、挑戦し続けていく先に必ず登頂や成功があるのだと確認しています。だからこそ、諦めないことの大切さを伝えていきたいと思っています。
2012/02/26

京の冬の旅 平等寺(因幡薬師堂)

平等寺には数年前の京都非公開文化財特別公開で訪れ、とても印象深い拝観ができました。しかし、その時は色々と忙しく、結局、ブログには平等寺のことを書けませんでした。よって、次回特別公開があった時には必ず訪れ、ブログに書こうと思っていましたので、今回の京の冬の旅では外せないお寺でした。

平等寺に到着し、本堂に上がると、まずは左側に案内され、以下のような縁起について聞きました。
橘行平という人が天皇の命令で因幡国に行き、神事を済ませ、京都に帰ろうとしましたが、病気になりました。

ある夜、行平は夢で、「因幡国の賀留津に浮き木があるので、それを探して、供養しなさい」というお告げを受け、早速、賀留津に行き、大綱で海底を探すと、一つの浮き木を見つけました。よく見ると、それは薬師如来像でした。

そこで、お堂を建てて、薬師如来像を安置すると、病気が治り、京都に戻ることが出来ました。

帰京してしばらくした後、行平の夢の中に一人の僧が現れ、「我は西の天より来て、東の国の人々を救おうとやってきた」と言いました。目が覚めると、家人が「因幡国の僧が訪ねて来られました」と言うので、驚いて門を開けさせると、そこに薬師如来像が立っていました。行平は屋敷を改造してお堂を造り、薬師如来像を祀り、そのお堂を因幡堂と呼びました。

因幡薬師の霊験は平安京で評判となり、歴代の天皇もお参りに来ました。薬師如来は分け隔てなくお救いになるので、高倉天皇より「平等寺」と名付けられました。

以上が縁起で、京都にあるのに何故因幡薬師なのかが分かります。

また涅槃図も掲げられていました。摩耶夫人が薬を投げたという話をしていましたが、それは薬袋ではないことを以前ブログに書きましたので、「この作り話は本当によく広まっているな」と思いながら聞いていました。しかし、その中で興味深いがありました。「ここから投薬という言葉が生まれた」という話です。何故、薬を与えることを投薬、すわなち、投げるというのでしょうか。

次は本堂右側に移動しましたが、本堂中央に祀られている十二神将像は素晴らしいです。初めて拝観した時、因幡薬師堂にこのような十二神将像が祀られているとは思わず、ビックリしたのを覚えています。

本堂右側には仏像が祀られています。不動明王、地蔵菩薩、毘沙門天、愛染明王、大黒天が祀られており、大黒天の向かって右隣にシバ神も安置されていました。この中で注目は大黒天です。小さな像ですが、憤怒相で、象の皮を両手で広げて持っている、あまり見かけることのない像です。

堂内の拝観が済むと、境内にある収蔵庫に移動しました。中央に因幡薬師立像、向かって右に如意輪観音坐像、左に清涼寺式釈迦如来立像が祀られていました。

因幡薬師像は頭に頭巾(ずきん)をかぶった姿が印象的です。頭巾になにか逸話がありそうですが、そのようなものはなく、火災時に非難させる時、傷がつかないように頭巾をかぶっているそうです。また薬師如来像には台座がありません。これは因幡国から飛んできた時に台座は因幡国に置いてきたからだそうで、実施、因幡国(鳥取県)には座光寺というお寺があるそうです。

また収蔵庫に、呉職神(くれはとり)、漢職神(あやはとり)の織物の女神像も祀られていました。以前訪れた時には、本堂左側に祀られており、今回は本堂左側に祀られていなかったので、「今回は拝観できないのか」と思っていましたので、今回もお会いできて、良かったです。こちらの女神像も前回訪れた時、印象に残った像の一つです。

平等寺(因幡薬師堂)は想像以上の寺宝がありますので、この機会に訪れることをお薦めします。


ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。