2010/09/30

安岡版 一隅を照らす

月刊致知10月号に安岡正篤さんの「一隅を照らす」の文章が掲載されていましたので、紹介します。

賢は賢なりに、愚は愚なりに、
一つのことを
何十年と継続していけば、
必ずものになるものだ。
別に偉い人になる必要はないではないか。

社会のどこにあっても、
その立場立場において
なくてはならぬ人になる。

その仕事を通じて
世のため人のために貢献する。

そういう生き方を考えなければならない。

***

良い文章ですね。上述のような生き方を常に心がけたいものです。
2010/09/29

大学の生涯学習講座

本日は某大学の生涯学習講座の初日で講座を聴講してきました。仏教や仏像等を学びたいと思い色々調べていたのですが、内容、時間共に良いコースがあったので受講することにしました。

今日読んだ中で印象に残った言葉を紹介します。
 仏像は、我々のような在家者にとっては、信仰という精神的抽象的な行為を、合掌・念仏・布施などの実践的具体的な行為に置き換えて受け止め、功徳を授けてくれる確かな存在である。

生涯学習講座なので年齢も様々でしたが、皆、熱心に授業を受けており、良い刺激を受けました。学びの秋を迎え、「一生勉強、一生青春」ですね。
2010/09/28

金沢文庫の解説講座

本日は金沢文庫の解説講座「金沢文庫仏像のみかたI」を聴講してきました。とても人気のある講座だったので、本来は9月25日の一回だけのはずが今日の講座が三回目だそうです。

今回の講座を聴講して、今まで断片的な知識だったものがきちんと整理できたような気がします。

現在行われている特別展「仏像のみかた」での注目は中尊寺金色堂中央壇の増長天に似た大善寺の伝毘沙門天像です。文化は高いところから低いところに流れますので、当時、仏教文化先端地であった平泉から東北各地にその文化が伝わりました。例えば、福島県いわき市にある願成寺には今回の中尊寺金色堂中央壇の増長天に似た像があります。

「吾妻鏡」には源頼朝が平泉文化を参考にして永福寺を創建したと書かれていますが、鎌倉地方では平泉文化の影響を受けた仏像は今までに見つかっていませんでした。しかし、鎌倉の有力御家人である三浦氏と関係の深い大善寺から平泉文化を受けた仏像が見つかり、大きな話題となっています。

解説では中尊寺の仏像と大善寺の仏像には大きな違いがあると話されました。それは大善寺のものは玉眼になっていることです。解説の後、展示会場に行き確認しましたが、確かに玉眼になっていました。

また、十大弟子像について解説もありました。これらは群像として作られたので、どれが誰なのかハッキリしないそうです。しかし、一つの像だけは誰なのか分かっているそうで、その像の画像を見せ、「これが誰か分かりますか」と解説委員の方が尋ねられました。私は阿難だと思い、その通りでした。阿難だと思った理由はその像の顔が格好良かったので、美男子だと言われた阿難だろうと思ったのでした。

しかし実際は像の中で一番若い表情をしているから阿難と分かったそうです。こちらも解説の後、実物を見ましたが、伝ラゴラ像も若く見え、私には阿難像とラゴラ像のどちらが若く見えるか分かりませんでした。これから展示に行かれる方は是非、どちらが若く見えるか確認して下さい。

他にも為になる話がたくさんあり、参加して良かったと思える講座でした。

ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。