2010/08/30

鎌倉国宝館 特別展「仏像入門」その2

展示解説は展示の順番、如来、菩薩、明王、天部にそって、行われました。

菩薩の展示では、左手に閉じた蓮の花を持ち、右手は阿弥陀如来のように輪っかを作っている聖観音菩薩像が展示してありました。以前から何故、聖観音像なのに阿弥陀如来のような印をしているのだろうと不思議に思っていましたが、これは閉じた蓮の花を開こうとしているところを表しているのだそうです。閉じた蓮の花を開くとは悟りを得ることなので、悟ろうとしている菩薩を表しているのだと分かりました。このことを知っただけで展示解説に参加したかいがありました。

頭の真ん中に筋のようなものが入っている地蔵菩薩像が展示してあり、以前から何故そのような筋が入っているのか不思議に思っていました。これは関東大震災の時に破損して修復をしたのですが、その時使用した薬品が変色して、このようになっているのだそうです。

天部の展示では、今回の展示では仏像の位順に、如来→菩薩→明王→天部と展示していますが、ある本には、如来→菩薩→天部→明王と書かれていたという質問を受けたという話がありました。「如来→菩薩→天部→明王」は、日本に入ってきた順番を表しているそうです。天部は法隆寺の四天王が一番古い像ですが、明王像が日本に入ってきたのはそれよりも新しいのだそうです。

十王図が展示されていましたが、画と像の違いの説明もありました。画は、一つの画の中にストーリーを描けることが特徴で、今回の十王図も裁判の場面から刑を受けている場面までが描かれており、像でこれらを表すのは大変だと話されていました。

鎌倉国宝館に訪れたことのある方ならば、人頭杖が展示されているのを見たことがあると思います。私も何度も見ていますが、今回の説明で、男性の頭が火を吐けば有罪、女性の顔が蓮の花を吐けば無罪との話があり、興味深かったです。

今回の展示解説は30人ぐらいの方が集まり、熱心にメモをとる人が何人もおり、本当に仏像ブームなんだなと感じました。
2010/08/28

鎌倉国宝館 特別展「仏像入門」

鎌倉国宝館で、特別展「仏像入門~ミホトケをヒモトケ!~」が開催されています。期間中は毎週土曜日の午後2時から学芸員の方による展示解説がありますので、それに合わせて、本日訪れました。

受付で入館料を払うと、仏像入門と書かれた冊子を頂きました。中を見ると仏像に関して絵などを使って分かり易く書かれていました。今回の展示の目的が「夏休みに家族そろって仏像の魅力にふれていただく」ことなので、小学生にも分かるようにと工夫されているのだと思いました。

展示解説が始まる前に一通り展示を拝観し、そこで印象に残ったことを以下に書きます。
・浄妙寺 釈迦如来像
 鎌倉国宝館の特別展「鎌倉の至宝」でお会いして以来の拝観となります。前回と同じ感想になりますが、美しい仏様で、普通に拝観すると見下ろすような形となりますが、しゃがんで、下から仰ぎ見たほうが何倍も素晴らしいです。

・寿福寺 十一面観音像
 江戸時代の作ですが、手が4本あり、珍しい像だと思いました。

・長谷寺 千手観音画
 長谷寺なのに十一面観音ではなく、千手観音なのかと思いましたが、千手観音像は更に清水寺式観音で長谷寺に清水寺式観音画があるのは不思議に思いました。

・神武寺 不動明王像
 小さい像ですが、不動明王らしい格好いい像でした。

・頬焼阿弥陀絵巻
 絵巻の中に僧姿の運慶が登場しているのが、印象に残りました。

・仏像図彙
 様々なお経をもとに仏像や仏具などの図を集めた本で、いわば、江戸時代の仏像事典だそうです。その中に多羅菩薩が書かれており、ビックリしました。多羅菩薩とはチベットで広く信仰されているターラー菩薩のことですが、日本ではほとんど信仰されておらず、そのような仏様が江戸時代の本に掲載されているのは驚きました。もしかしたら、江戸時代には多羅菩薩はそれなりに信仰されていたのでしょうか。

・初江王像、天燈鬼像
 鎌倉仏師を代表する後藤家の像で、小さいですが、上手く模造されており、迫力がありました。

・如来像
 上述の初江王像、天燈鬼像の隣に如来像が展示されており、円空仏でした。

・仏像着衣部
 「土紋」とは、土を固めてクッキーのようにして、木に貼り付ける主に鎌倉でしか見られない技法です。今まで、土紋のある仏像を何体か拝観しましたが、今一良く分かりませんでした。しかし、今回の展示は土紋が良く分かりました。

・獅子、狛犬
 右に坐り、口を開けているのが獅子、左に坐り、口を閉じ、頭の上に角を生やしているのが狛犬だそうで、今まで、どちらも狛犬だと思っていました。

展示解説の話は次回の記事に書きたいと思います。


2010/08/25

忘年の交わり

月刊致知9月号の巻頭の言葉より。

三国志に「忘年の交わり」という言葉があります。お互いの年齢の上下を忘れ、人と人とが互いに尊敬し合う関係を結ぶことをいいます。

忘年の交わりのよい点は、お互いの接点が少ないため、人生や歴史、文化といった大きなテーマで語り合え、相手の言葉を理解しようと真剣に聴くことです。

ところがIT時代に入り、人間同士が交わる機会そのものが減っています。ITの交わりでは、膨大な情報を瞬時に取得できる利点がありますが、考える時間、お互いの関係をじっくりと熟成していく時間が損なわれてしまいます。人間同士の交わりは時間がかかりますが、相手の言葉を反芻(はんすう)し、心の中に沈殿してようやく身につく一握りの教訓は、人間を養う上でかけがえのない滋養となることを忘れてはなりません。

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私もネット上で知り合った方々と寺社めぐりに行くことがありますが、忘年の交わりができているような気もしますし、出来てないような気もします。忘年の交わりを目指したいですね。

ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。