2010年05月の記事一覧

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  • 2010/05/14致知

    月刊致知6月号に薬師寺の長老である安田暎胤さんと総持寺の元貫首である板橋興宗さんの対談「人生は頭では悟れない」が掲載されていましたので、印象に残った箇所を以下に書きたいと思います。・学生時代にノイローゼのようになってしまったのです。そんなある日、大学に法衣を着て現れた学生がいました。「君は坊主か」と声を掛けると彼は禅寺から大学に通っていると言うので、「坐禅をするとどうなるんだ」と聞きました。これが...

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  • 2010/05/14寅歳薬師

    金戒光明寺を拝観した後、阪急河原町駅近くにある蛸薬師堂(永福寺)と寅薬師(西光寺)を訪れました。今年は寅歳で、神奈川県では薬師如来霊場の御開帳が相次ぎ、たくさんのお薬師様にお参りをしました。よって、京都でも薬師如来を祀るお寺にお参りしたくなったのです。まずは蛸薬師堂を訪れました。賑やかな通りから狭い参道に入り、少し歩くと本堂に着きました。お堂の中には厨子に入った薬師如来像、その前にお前立ちの形でも...

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人生は頭では悟れない

月刊致知6月号に薬師寺の長老である安田暎胤さんと総持寺の元貫首である板橋興宗さんの対談「人生は頭では悟れない」が掲載されていましたので、印象に残った箇所を以下に書きたいと思います。

・学生時代にノイローゼのようになってしまったのです。そんなある日、大学に法衣を着て現れた学生がいました。「君は坊主か」と声を掛けると彼は禅寺から大学に通っていると言うので、「坐禅をするとどうなるんだ」と聞きました。これが殺し文句でしたね。「足元がふらつかなくなる」。

・高田好胤は薬師寺に檀家や末寺がほとんどないことを逆手にとって「組織があったら縛られる。日本全国一億総檀家だと思えばいい」、そして「お堂を建てたかったら人様を立てよ。そうしたら人様がお堂を建ててくれはんのや」と拝観に来られたお客様を懇切丁寧に案内されました。

・お釈迦様は三十五歳で悟りを開かれるまでは厳しい修行をされました。それから四十五年間、亡くなるまで説法をし続けられました。これが私がいまでも人前で説法を続けている所以でもあります。

・若い頃は理想に燃えて、大きな伽藍が立ち並ぶ薬師寺で修行を重ねるうち「こんな伽藍仏教は仏教でない」と思った時期もありました。お釈迦様は樹下石上で生活をされたんではないか。最後は野垂れ死んだじゃないか。なのに自分はぬくぬくと伽藍で生活して拝観料で生活をしていいのだろうかと。

しかし、ある時考え方が変わりました。私は縁があって薬師寺の小僧になったのであって、数少ない僧侶の一人である。その縁をやはり大切にしなければいけないのではないかな。先人のつくってくれた素晴らしい文化遺産を保存継承していくことも一つの大事な仕事じゃないかと思うようになったのです。

お寺は心を浄化する場所ですから、一歩足を踏み入れれば心が洗われる。そうした環境をつくることが大事ではないかと思って、伽藍仏教だと批判していた自分が若かったのかなと、いまでは思っております。

・坐禅をしたり写経をしたりしますが、その最中であっても様々な雑念が湧いてきます。無心になるということは難しいんですね。だから、無心になれないならばせめて素直な心でありたいと思っています。

・人間の心を美しく、豊かにするには感謝の心、慈悲の心、敬いの心、詫びる心、許す心が大事だと思います。この五つの心の大切さはどの宗教でも説いています。だからみんな知っているはずです。しかし、知識として知っているのと本当に自分が実感できるか、そして実践できるかは違います

・感謝が大事だ、慈悲が大事だと申し上げましたが、嫌なことを言われたり、思うとおりにいかないことがあるとカッとなってしまいます。分かっているのにできていないんです。ただ、その時心の中で念仏を唱えるとか、自分なりの対処法、自分を律するための知恵をいくつか準備しています

・理想と現在の自分にはギャップがありますけれど、人間は自分の至らなさを知ることが大事なのではないかと思います。自分は至らない人間で、理想のようには行かないけれども、少しでもそれに近づこうと生きていく。それが動物ではない、人間の素晴らしいところだと思うのです
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京都 蛸薬師堂(永福寺)、寅薬師(西光寺)その1

金戒光明寺を拝観した後、阪急河原町駅近くにある蛸薬師堂(永福寺)と寅薬師(西光寺)を訪れました。今年は寅歳で、神奈川県では薬師如来霊場の御開帳が相次ぎ、たくさんのお薬師様にお参りをしました。よって、京都でも薬師如来を祀るお寺にお参りしたくなったのです。

まずは蛸薬師堂を訪れました。賑やかな通りから狭い参道に入り、少し歩くと本堂に着きました。お堂の中には厨子に入った薬師如来像、その前にお前立ちの形でもう一体の薬師如来像、日光、月光菩薩像、十二神将像が祀られていました。

厨子の扉が開かれ、その中の薬師如来像がいらしたので、御開帳しているのかと思い、お寺の方に伺うとご本尊は石仏で、お堂に祀られている像とは別なのだそうです。そこで、ご本尊が御開帳される年を伺うと、次は平成28年だそうです。

境内には他のお寺ではお目にかかることができないであろう、お賓頭盧タコ(びんずるたこ)もありました。

また、お寺の方に寅歳に御開帳される薬師如来の話をするもご存じではなく、寅薬師という言葉を出すと、「寅薬師さんはお隣です」と言われる始末で、京都では寅歳に薬師如来像を御開帳するという習慣はないと感じました。

ところでなぜ蛸薬師という名前なのか。
昔、この寺に善光という僧が住んでいました。ある時、母が病気になり、母は「子供のときから好物だった蛸を食べれば病が治るかもしれない」と善光に告げました。

善光は僧侶の身で蛸を買うことを躊躇していましたが、箱を持って市場に出かけ蛸を買って帰りました。これを見た人々は僧侶が生魚を買ったことに不審を抱いて、寺の門前で箱の中を見せるように言いました。

善光は薬師如来に「この蛸は母の病気が良くなるようにと買ったものです。どうぞ、この難をお助け下さい」と祈って箱を開けると蛸は八軸の経巻となり、霊光を四方に照らしました。

それ以来、蛸薬師堂の蛸薬師様と呼ばれるようになりました。
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