2010/03/31

相模薬師如来霊場 九番・楊谷寺

訪問日:平成22年3月28日
二番の茶屋薬師堂を出て、国道一号線を二宮駅の方に歩いていると運良く二宮駅バスが来ましたので、それに乗って二宮駅に着きました。そこから電車で大磯駅へ。

楊谷寺は大磯駅の近くにあります。案内には「図書館の手前を曲がる」と書かれていましたが、曲がる場所に赤いのぼり旗が立っていましたので、迷うことなく到着しました。

山門から境内を見ると何やら工事中のようで、そこを避けて本堂の前まで行くとお寺の方がいらっしゃいましたので、お堂に上がって良いかを確認して、お堂に上がりました。

こちらの薬師如来立像は案内によると「面部に張りがあり、体躯も量感が豊かで、衣文も的確に彫刻」とありますが、少し距離がありましたので、よく分かりませんでした。でも、秘仏で十二年に一度しか開帳されない薬師如来様を直接拝観できただけでもありがたいと思わないといけませんね。

御朱印を書いてもらっている間、接待所でお茶を頂きました。その時、神奈川天台仏教青年会の週間テレホン法話の案内を頂きました。このような行いをしているとは全然知りませんでした。「天台は宣伝下手」と言われていますが、このような立派な行いは広く知られて欲しいですね。


2010/03/31

相模薬師如来霊場 二番・茶屋薬師堂

訪問日:平成22年3月28日
一番の等覚院から再び、国道一号線に戻り、更に西に歩くと川匂神社入口交差点に到着し、すぐ近くに茶屋薬師堂がありました。

まずはお堂の前で手を合わせて、お堂の中の人に「上がってもよろしいですか」と聞くと大丈夫とのことで、お堂に上がって、お参りをしました。

こちらのお藥師さんは坐像でとても大きいです。ガイドブックによると八尺八寸(約2.7メートル)だそうです。

「近くに寄ってもいい」とのことでしたので、すぐ近くで拝観しました。近くで拝観するとますますその大きさを実感できます。指の長さが特に印象に残りました。

お堂にいた方に話を伺うと、こちらのお薬師さんは川勾神社の本地仏でしたが、神仏分離令により川勾神社より分かれ、こちらで安置されるようになったそうです。川勾神社は相模国の二の宮ですので、このような立派な薬師如来像が安置されていたのだと思います。
平成二十二年寅薬師法要供養記念の五色の糸があったので、購入しました。中の案内には、
 薬師如来様とあなたの幸せを結ぶ五色の糸です。講中一同一生懸命御供養申し上げました。あなたのお守りにして下さい。
とありました。

薬師如来像は大きいですが、今は小さなお堂に祀られています。でも、たくさんの講中の方々に慕われ、幸せそうに感じました。


2010/03/30

関東の薬師信仰

以前、横浜市になぜか薬師如来霊場が結構あるという記事を書きました。

相模薬師如来霊場のガイドブックには
 中国の帰化人秦河勝が勅命により長和三年五月に京都太秦の広隆寺に桂宮院という寺を建て薬師如来を安置しました。その年も月も共に寅でありましたので、人々は寅年が特にお藥師様に縁のある年と思うようになり、以来寅年には特別に御開帳を申し上げ、御法事をする風習が出来て今日にいたっていると見えます。
と書かれています。

つまり、広隆寺が寅薬師の元である説です。しかし、こちらの記事には
 薬師が寅(とら)の方角(東北東付近)を守るとされたことから、寅年に一斉に開帳されるようになったという。
と別の説が書かれています。

私は上述の記事を読んで、次のことを思いつきました。
 薬師如来が東方浄瑠璃界の主なので、東方、つまり、京都から見て東国である関東地方において薬師信仰が盛んだったのでないか。

理由はどうであれ、現在まで薬師信仰が続いており、今年の寅年も御開帳されるのは嬉しいことです。

ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。