2010/02/28

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 仁和寺 金堂・霊宝館

まずは霊宝館から拝観です。霊宝館に近づくと入口から仏像が少し見えました。国宝の阿弥陀如来像かと思いましたが、愛染明王像でした。大きな像で、蓮華座の蓮の花びらの模様が綺麗な、印象深い仏像でした。

歩を進めると国宝の阿弥陀三尊像が安置されていました。国宝らしい素晴らしい仏像です。普通は向かって右が観音菩薩ですが、こちらでは向かって右に勢至菩薩が祀られていました。霊宝館なのでお寺というよりも美術館という雰囲気でしたが、手を合わせている人が多かったのも印象に残りました。

次は金堂です。こちらはガイドの方がおられ、説明をしてくれました。仁和寺は名前が年号から取られているそうで、そのようなお寺は仁和寺以外では、建仁寺、延暦寺、寛永寺だけだそうです。

金堂にも阿弥陀三尊像が祀られています。真言宗なのになぜ浄土宗のように阿弥陀如来が御本尊かというと創建当時、阿弥陀信仰が流行していたからだそうです。

阿弥陀三尊像以外にも様々な仏像が安置されていましたが、天燈鬼、龍燈鬼像が祀られていたのに驚きました。天燈鬼、龍燈鬼像は興福寺にしか安置されていないと思っていました。

また、屋根に吉祥を意味する亀が安置されているとのことで、お堂を出た後に確認しました。説明がなければ、絶対に気づかなかったと思います。





これで、この日の「京の冬の旅」非公開文化財特別公開の寺院めぐり(実相院、相国寺、宝鏡寺、仁和寺)は終了しました。京都古文化保存協会が主催する春と秋の非公開文化財特別拝観には訪れたことがありますが、京都観光協会が主催する京の冬の旅は初めて訪れました。

ガイドの質、料金など総合的に考えると冬の旅の方が満足度が高いです。京都の観光というと桜の春と紅葉の秋が人気ですが、京の冬の旅があるならば、冬も京都を訪れる価値があります。
2010/02/27

傾蓋の遇

先日、川崎大師を訪れた時、「お大師さまのことば」という法話が書かれた紙を頂きました。

「人の相知ること 必ずしも対面して久しく語るに在らず 意通ずれば、すなわち傾蓋の遇なり」

(大意)人が互いのことをよく知るには、出会ってから長い間語り合う必要があるとは限らない。心が通ずれば、少しの間で旧知のように親しくなることができる。

(解説)傾蓋(けいがい)とは、孔子と程子がたまたま道で出会って車を停め、蓋(かさ)を傾けて終日語り合ったという故事から、少し会っただけで旧知のように親しむことをいいます。

近年では、通信機器の発達、普及により、離れて暮らす人とも連絡を取り合うことが容易になりました。このような顔を知らない者同士の出会いでも、嗜好や価値観が合えば、「傾蓋の遇」になることもあるでしょう。大切なのは、出会いの形や付き合った期間ではなく、互いの心が通じ合うことです。

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寺社めぐりで初めて会う方と一緒になることがありますが、初めて会うにもかかわらず、何年も前から知っている方のように感じることがあります。「大切なのは、出会いの形や付き合った期間ではなく、互いの心が通じ合うことです」は、本当にその通りだと実感しています。
2010/02/26

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 宝鏡寺

宝鏡寺では使者の間に皇女和宮を模した人形が展示されていました。他の展示は写真撮影不可でしたが、和宮の人形だけは撮影OKでしたので、写真を掲載します。



次は本堂で秘仏の聖観音様にお参りしました。聖観音像は伊勢の二見浦で漁網にかかったと伝えられ、膝の上に小さな円鏡を持っています。だから、お寺の名前が宝鏡寺なのだそうです。

人形では、まんじゅう食い人形が印象に残りました。ある人が童子に「お父さんとお母さん、どちらが好きか」と尋ねたところ、この童子は手に持っていた饅頭(まんじゅう)を二つに割って、即座に「おじさん、これどちらがおいしいか」と逆に質問したそうです。この頭の良い童子にあやかろうと饅頭食い人形ができたそうです。

天皇家の人形も印象に残りました。人形は三頭身で、美形の人形ではありませんでした。これは、天皇家であっても子供が大きく成長するのは難しく、美しさよりもふっくらとした元気な子に育つことが望まれたからだそうです。


ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。