2009年11月の記事一覧

元霊場巡り旅ブログのブログです。

月別アーカイブ:2009年11月

  • 2009/11/27仏像ツアー

    仏都会津古刹めぐりツアーの二日目は法用寺からスタートです。吉田さんの作成した案内によると、金剛力士像が見所だそうですが、仁王門にはいらっしゃいませんでした。仁王門をくぐり、境内を奥に進むと観音堂にお寺の方がいらっしゃり、お堂の中に入りました。すると、こちらに金剛力士像が安置されていました。観音堂全員がそろい、お寺の方が観音様にお経を唱えた後、お寺の紹介がありました。元は法相宗で現在は天台宗だそうで...

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  • 2009/11/26仏像ツアー

    会津古刹めぐりツアーでは、ペンション風宿坊「柿の坊」に宿泊しました。柿の坊は浄土真宗本願寺派の西福寺が経営する宿坊です。部屋に置いてあった新聞記事によると、開設当時は若者向けペンションブームであり、寺はご年配の方の行く所というイメージだったそうです。ご住職は宗門の大学で学ぶ中で、ずっとこの教えが若い方に大切だと考えておられ、それで宿坊を作る時、ペンションにしたそうです。同じ新聞記事からですが、私た...

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  • 2009/11/25仏像ツアー

    こちらのお堂は通常無住のため、拝観はおおむね一週間前に事前予約が必要です。このようなお寺に拝観できるのがツアーの良いところです。仁王堂には、大きな草鞋が奉納されていました。会津のお寺には大きな草鞋が本当に多いです。また、紅葉途中にモミジがあり、美しく感じました。堂内に入ると、阿弥陀如来像が祀られていました。調合寺の本尊だったそうで、今は薬師如来像のお前立ちのような形で安置されています。また、十二神...

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仏都会津古刹めぐり 法用寺

仏都会津古刹めぐりツアーの二日目は法用寺からスタートです。吉田さんの作成した案内によると、金剛力士像が見所だそうですが、仁王門にはいらっしゃいませんでした。仁王門をくぐり、境内を奥に進むと観音堂にお寺の方がいらっしゃり、お堂の中に入りました。すると、こちらに金剛力士像が安置されていました。


観音堂

全員がそろい、お寺の方が観音様にお経を唱えた後、お寺の紹介がありました。
元は法相宗で現在は天台宗だそうです。そして、開山は徳道上人だそうです(境内にあった案内板には得道上人とありました)。徳道上人と言えば、西国三十三所観音霊場を巡っている方なら知っているとおり、閻魔大王から観音霊場を広めるように三十三の宝印を受け取った高僧です。そのような方が開いたと伝わるお寺が会津にあるとは思いもしませんでした。

御本尊の観音像は秘仏のため、お前立ちの観音像が厨子の前に祀られていました。御本尊は秘仏ですが、絵がありましたので、それを見ると錫杖を持つ長谷寺式観音像でした。徳道上人は大和の長谷寺を建立した人なので、法用寺は長谷信仰とも深い関わりのあったお寺だと感じました。

堂内の上の方に三十三応化身像が安置されていました。神奈川県に住む私は三十三応化身像といえば、鎌倉の長谷寺を思い出しますので、ここでも長谷寺に繋がっているのかなと思いました。

また、お寺の方が話されていましたが、会津では女性は33歳の時、観音めぐりをしても良いという習慣があるそうです。それは33歳というのは、体が疲れる時なので、観音めぐりをして、ゆっくり休んで欲しいという思いからだそうです。会津らしい良い話ですね。

金剛力士像について書いていませんでしたが、平安後期の特徴のある作で、同時代のものは滋賀県の善水寺にある他は全国にも類例がないといわれる逸品だそうです。

観音堂を出た後は、三重塔へ行きました。会津地方に現存している唯一の塔だそうです。初層にある穴から中をのぞくと、釈迦三尊像が祀られていました。


三重塔
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仏都会津古刹めぐり 柿の坊

会津古刹めぐりツアーでは、ペンション風宿坊「柿の坊」に宿泊しました。

柿の坊は浄土真宗本願寺派の西福寺が経営する宿坊です。部屋に置いてあった新聞記事によると、開設当時は若者向けペンションブームであり、寺はご年配の方の行く所というイメージだったそうです。ご住職は宗門の大学で学ぶ中で、ずっとこの教えが若い方に大切だと考えておられ、それで宿坊を作る時、ペンションにしたそうです。

同じ新聞記事からですが、私たちの煩悩を渋柿の渋に例えた例話がある。そこで、キャッチフレーズを「渋柿が甘くなる。こんな私が和(やわら)かくなる。お陰さまで、仏さまで」としたそうです。

渋柿の例話は知りませんでしたが、インターネットで調べると多分、「渋柿の 渋そのままの 甘さかな」だと思います。
「渋柿の 渋そのままの 甘さかな」に関しては、浄土真宗のご住職が色々と解説をされているのをインターネットで読むことができますので、是非、調べてみてください。

到着すると部屋に荷物を置いた後、早速、夕食となりました。ご住職が料理を一品一品、説明してくれました。料理は是非、柿の坊のホームページの田舎郷土料理のページを見てください。地元の食材を生かした料理はとても美味しかったです。食事は目で味わい、舌で味わうというが、耳で味わうこともあると思うと書かれていましたが、本当にそうですね。

翌日には、朝のお勤めが7時から始まりました。全員に経本が配布され、ご住職と一緒に読経しました。その後、ご住職の法話がありました。浄土真宗の朝のお勤めは初めてでしたが、良い経験でした。


ペンション風宿坊


朝のお勤めをしたお堂
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仏都会津古刹めぐり 上宇内薬師堂

こちらのお堂は通常無住のため、拝観はおおむね一週間前に事前予約が必要です。このようなお寺に拝観できるのがツアーの良いところです。

仁王堂には、大きな草鞋が奉納されていました。会津のお寺には大きな草鞋が本当に多いです。また、紅葉途中にモミジがあり、美しく感じました。






堂内に入ると、阿弥陀如来像が祀られていました。調合寺の本尊だったそうで、今は薬師如来像のお前立ちのような形で安置されています。また、十二神将も安置されていましたが、こちらの十二神将は邪鬼を踏んでいます。邪鬼を踏んでいる十二神将はとても珍しいと思います。

そして、お堂の奥に案内され、飛天の描かれたカーテンの前で着座しているとカーテンが開けられ、藥師三尊の登場です。その御姿を見た時、全員が「オー」と叫んだほど、素晴らしい三尊です。

こちらの薬師如来像は勝常寺の薬師如来像と共に現存する会津五薬師なので、何かと比較されます。
翻波式文様(ほんばしきもんよう)が勝常寺に比べて、弱いそうです。翻波式とは、私も知らなかったのですが、goo辞書によると
 木彫りの仏像の衣のひだの表現法。大小の波が翻転するような形に彫ったもの。大和室生寺をはじめ、平安前期の仏像に多い。
だそうです。

上宇内薬師は
・表情が穏やか
・螺髪(らほつ)が小さい
・白毫(びゃくごう)がある
などの特徴も話されましたが、印象に残ったのは足の組み方が違うそうです。上宇内薬師は吉祥坐、勝常寺は降魔坐だそうです。

吉祥坐、降魔坐も初めて聞く言葉でしたが、wikipediaによると

吉祥坐(きちじょうざ)
 左足を右腿の上に乗せ、右足を左腿上に乗せる方法。蓮華坐(れんげざ)ともいい、悟りを開いた者の坐法である。
降魔坐(ごうまざ)
 右足を左腿上に乗せ、左足を右腿の上に乗せる方法。修行中の姿をあらわす坐法。

だそうです。

また、こちらの薬師如来像は1611年の会津大地震以降、雨ざらしだったそうで、その為、元禄時代に足の部分は作り替えたそうです。落慶の日が決まっていたので、膝などが荒削りなのだそうです。

上宇内薬師堂の拝観で翻波式、吉祥坐、降魔坐などを知り、今後の仏像拝観が更に楽しくなりそうです。
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