月刊誌致知二月号に松原泰道さんの記事が掲載されていました。
「看脚下」という言葉は禅寺のお寺を訪れた時に見かけることがあります。この禅語は法演禅師がある夜、三人の弟子を伴って歩いている時に生まれた語句だそうです。突風が吹き、禅師が手にしていた灯火が消えてしまい、辺りは一瞬にして真っ暗になりました。この時、法演禅師は三人の弟子に「一転語を下せ(自己の悟りの心境を表す語句を述べよ)」と問います。これに対して、弟子の仏果が「看脚下」と答えました。

灯火が消えた真っ暗な闇では、あらぬものを想像して右往左往し、かえって道を見失ってしまいます。そんな時は、脚下を看るという当たり前のことをしっかり行うことが大切です。

「禅は人々の脚跟下(きゃっこんか)にあり」と言います。遠いところではなく、自分の足元、いまここに禅はあるのです。禅といえば何か特別なものと考えてしまいがちですが、そうではありません。いま、この場で、何をすべきかを問うものです。つまり、日常生活のその場、その場が禅であり、いま自分は何をどうすべきか、いつも自問自答していくのです。そうすれば、他に気を取られながらではなく、本気になって物事に取り組むことができます。その隙のない状態が看脚下です。
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