2009/01/31

努力は必ず報われる

「いまの一当はむかしの百不当の力なり、百不当の一老なり」
は、道元禅師の言葉です。
私なりに現代文に訳すと、以下のようになります。
「今、手に入れた成功は、これまでに数多く挑戦して成功しなかった時に蓄えられた力によるものである。その力が今ここに老熟したのである」

ある事柄がうまくいかなくとも、そこから学ぶことが大切です。その学んだものが養分となって、花が開くことが成功したとなります。逆に言うと失敗してもそこから学ばなければ、何度挑戦しようとも成功することはありません。

また、花は必ず開きますが、いつ開くかは分かりません。それでも努力をしなければ、決して花が咲くことはありません。
2009/01/30

「自」と「分」から成る自分

自分という漢字は、「自」と「分」から構成されています。
「自」とは自己、「分」とは部分を表していると考えることができます。
つまり、自分は自己として在ると同時に、自己が集まって作られている社会の一部分であるということを意味しています。

また、「自」とは自由、「分」とは分別を表していると考えることもできます。
つまり、自分は自由に自身の行動を決定することができると同時に、それには分別が要求されるということを意味しています。

最近は多くの人が「自」が強くなりすぎているような気がします。
自分には「分」の意味も含まれることを常に意識しましょう。
2009/01/28

私淑する人を持つ

自分の近くに理想とする人、心から尊敬できる人がいる方は幸せです。是非、その人から多くのことを学び、学んだことを実践しましょう。しかし残念ながら、「理想とする人はいない」と言う人もいるでしょう。

理想とする人との関係を表す言葉として、以下のものがあるそうです。
・私淑(ししゅく):直接教えを受けていないが、ひそかに師として尊敬し、模範とすること
・親炙(しんしゃ):尊敬する人に親しく接して、感化を受けること
・師事(しじ):師としてつかえ、教えを受けること
・兄事(けいじ):兄のように尊敬し、親しく接すること

親炙、師事、兄事は、同時代に生きる人のみを含んでいますが、私淑は同時代に生きる人だけではなく、過去の偉人や空想の人物も含んでいるそうです。

「近くに理想とする人がいない」と思っている人は、まず私淑する人を持ち、修養を積みましょう。そうすると、自然に理想とする人と出会えるでしょうし、自分の周りにも尊敬できる人がたくさんいることが見えてくると思います。

ラーマ

神奈川県横浜市に在住です。
寺社巡りは楽しいものであり、巡っていると色々なことに気づくということを紹介していきたいと思います。