致知十月号に掲載されている、文の京こども論語講師の溝本定子さんの話は講演会の要約の為、短い文章でしたが良い内容でした。この方は一隅を照らしている、読み終えた時、そう思いました。

年齢がいかないからといって、幼い子の中身を幼稚だと思うのは、大人のおごりである。
小さな子は持っている言葉や経験の数が少ないだけで、中身は豊かである。だから大人が子どもに対して、“どうせ分からないだろう”と思って手を抜くのはもってのほかである。
小さな子どもほど丁重に接し、上質なものを与えないといけない。大人同士で通じる難しい言葉ではなく、その質をいかに落とさず子どもに伝えられるかが大切で、それができるのがよい教師である。
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