霊場巡りの旅(旧)ブログ

霊場巡り旅ブログの旧ブログです。2018年5月上旬までの記事があります。

サイト移転の報告

ホームページ「観音霊場巡りの旅」を稼働させているサーバをエックスサーバーというレンタルサーバ会社へ移転しました。移転した理由は主に2つです。

1つ目は、HTTPS化への対応です。ブラウザでサイトを見る時、現在は
http://kannonbook.com/
とアクセスしていますが、これからは
https://kannonbook.com/
とアクセスするようになります。httpsの「S」は「Secure」の「S」であり、今後、インターネットを安心、安全に利用できるよう、多くのサイトがHTTPSでアクセスできるようになっています。「観音霊場巡りの旅」サイトも遅くなりましたが、HTTPSでアクセスできるようにしました。

2つ目は、ページ表示時間の改善です。私のパソコンからサイトに向かってpingを打つと、以前のレンタルサーバー会社では、約100msぐらいかかっていました。それが、現在は10msぐらいに改善されています。往復遅延時間はページ表示時間に大きく影響しますので、以前に比べて、サイトにアクセスした時、より早くページが表示されるようになったと思います。

ホームページはHTTPS対応になりましたが、ブログはまだHTTPのままです。FC2は独自ドメインのブログもHTTPSに対応するとアナウンスしていますが、いつになるか不明です。

エックスサーバーで使用できるディスク容量は200GBと非常に余裕があり、また近年、多くの人がワードプレスを用いてブログを書いており、私もワードプレスで何が出来るか興味があります。このような状況を踏まえ、ワードプレスを用いて、ブログをエックスサーバー上で新たに始めようと思います。新しいブログには
https://kannonbook.com/blog/
でアクセスできます。

旧ブログでの記事の更新は基本的にこれで最後にしたいと思います。
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「浜までは 海女も簑着る 時雨かな」の真意

浅草寺誌5月号に掲載されている「百歳いけらんは、うらむへき日月なり」より。

「浜までは 海女も簑着る 時雨かな」
この句は江戸中期の俳人、滝瓢水という方の句です。この方は千石船5艘もあった財産を、京や大坂で豪遊の限りをつくし、風流でなくしてしまうんですね。それで「蔵売って 日当たりのよき 牡丹かな」などという句を残している。

お母さんが亡くなった時も放蕩三昧を尽くしていて間に合わなかった。母親の墓にお参りして「さればとて 石に布団は 着せられず」などと平気でつくってしまう位の、執着を去った俳句を作ったといわれている。味わい深い人生を感じさせる秀句が多いのです。

やがて仏門に入ります。ある日、その透徹した生涯を慕って、一人の雲水が訪ねてまいります。たまたま瓢水は風邪をひいて、薬を買いに出ていて留守だった。噂を訪ねてきたけれども、「何だよ、瓢水は偉そうなことをいっても命に執着があるじゃないか。風邪位で薬を買いにいって留守にしているのか」とその雲水さんは怒って帰ってしまったんだそうです。

そして瓢水が帰ってきた。いきさつを聞いた瓢水は短冊に「浜までは…」の句を書いて、「その雲水はそこらへんにいるだろうから、急いでこれを雲水に渡してくれ」と言ったんだそうです。

海女さんですから、どっちみち海に入ればずぶ濡れになる。だから少しばかり時雨に濡れたってどうということはなかろうと思います。しかしながら、そうではないでしょう。濡れなければならない時は潔く濡れよう。しかし意味もなく濡れて体を冷やすことは、命を粗末にすることになる。一瞬であろうと体を大事にする。それで初めて海に入って仕事も完璧になすことができる。

捨てるばかりが能ではない。捨てることに執着してもならない。これが「浜までは 海女も簑着る 時雨かな」の真意ではないかと思います。
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特別公開 三津寺仏像群(2018年)

三津寺は昨年の特別公開も訪れており、二年連続での訪問となります。特別公開の一回目は12体の仏像が大阪市の指定文化財に選ばれたことを記念して公開、二回目は4体の仏像が修復を終えたことを記念して公開、今年の三回目は聖観音像、愛染明王像の修復が終了したことを記念しての公開です。

今年は4月27日から5月2日まで公開ということで、最終日の5月2日に訪れました。また午後2時30分より大阪市教育委員会学芸員による解説があるとのことで、訪問する時刻はそれに合わせました。

観覧料(資料代)100円を払って、堂内へ。昨年も思いましたが、100円は本当に安いですね。12体の仏像群の中、弘法大師像、日光、月光菩薩像は墨書から1680年に僧・真空が造らせたことが分かるそうです。一番古いのは地蔵菩薩像で、950年ぐらいで、けやきの一木造りだそうです。毘沙門天像は1000年後半から1100年前半の平安後期作、大日如来像は1100後半作と考えられるそうです。弥勒菩薩像は南北朝時代の作で、大日如来像が定朝様式で衣の彫りが浅いのに比べ、弥勒菩薩像は深いとのことで、後で確認すると確かにその通りでした。薬師如来像、不動明王像、愛染明王像は室町から江戸時代作と考えられるそうです。本尊は江戸前期と考えられるそうですが、なにか手本となるものがあって造られたと考えられているほど、素敵な仏像です。

本堂以外にも境内には前堂と呼ばれる建物があり、そこには現在の生國魂神社、かっての神仏混合の生玉宮寺から移された愛染明王、弁財天像などが祀られています。生玉宮寺が神仏分離令の際、お寺として残ることを選択していたならば、生國魂神社あたりは第二次世界大戦で焼け野原になりましたので、像は現在していなかっただろうとのことです。

また入口近くに鎮宅霊符坐像という変わった像が安置されているのですが、玄武を道教で神格化したものとのことで、「仏像好きでもあまり聞いたことのない仏」と話されていましたが、確かに今まで拝観したことのない像です。

最後に特別に月光菩薩像に書かれている墨書を見せてもらいました。私は仏師の名前などが書かれた墨書は内ぐりした仏像の体内に書かれていると思っていましたが、そのようなパターンともう一つ、立像を立てるために足の裏につける「ほぞ」の部分に書かれることがあるそうです。月光菩薩像は足ほぞ(げたほぞ)に書かれているパターンで、確かに真空と書かれていました。

仏像群の公開は今後ないと御住職がおっしゃっていましたが、何かの機会にまた公開して欲しいです。また仏像ではありませんが、
・三津寺仏画群
会期:5月9日から5月14日 午後1時から午後4時
会場:辰野ひらのまちギャラリー
が開催されるそうですので、お近くの方は是非どうぞ。


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